京町家賃貸モデル事業※がきっかけで京町家に拠点を置くこととなった株式会社Mobius。同社は、文化・サービスや商品を最新のテクノロジーとマーケティングを通して世の中に届けることを目的とした会社です。代表取締役フェローである田中謙伍さんに京町家をオフィスに選んだ理由や活用方法をお聞きしました。
※ 京町家賃貸モデル事業
京都市が京町家を所有者から借上げて、活用事業者に転貸し、将来の担い手の育成等を行う事業
京町家のプロフィール
5年程度空き家となっていた昭和初期建築の京町家。奥庭の小屋には染料が残っていたことから職住共存の染物関係の工場として使用されていたと考えられる。所有者が京都市の京町家賃貸モデル事業を利用し、その第1号として市が選定した活用事業者によりオフィス兼住居に改修され、現在は株式会社Mobiusが入居している。
田中さんのプロフィール
株式会社Mobius代表取締役フェロー。大学卒業後、アマゾンジャパン合同会社を経て、2015年に株式会社GROOVE、2021年に子会社である株式会社Mobiusを設立した。
>株式会社GROOVE(外部サイトに移動します)
>株式会社Mobius(外部サイトに移動します)
築90年ほどの京町家がIT系企業のオフィス兼住居に
この京町家があるのは、中京区の壬生地域。四条通にもほど近いことから、市バスの路線も多く、生活しやすいエリアです。このまちに溶け込むように佇む1軒の京町家が株式会社Mobiusのオフィス。京町家らしい「鰻の寝床」を連想させる一列三室型の建物です。
玄関の引き戸を開けると、まるでカフェのようなおしゃれな空間が広がります。座り心地の良さそうなソファーや天井から吊り下げられたスタイリッシュなランプ、さりげなく飾られたドライフラワーなど、どれも不思議と京町家に馴染んでいます。田中さんは月の半分ほどはこちらの京町家で生活していて、オフィスとしての機能はもちろん、生活をするうえでの心地良さも大切にしています。
京町家の特徴をいかしながらも、生活がしやすいよう改装されている |
モノづくりの本質を忘れないために京都に拠点を
株式会社Mobiusがこの京町家に入居したのは令和3年のこと。親会社である株式会社GROOVEは、ECに特化した日本のモノづくりを支援する会社。田中さん御自身が大阪の老舗繊維商社の生まれで、幼い頃から「モノづくり」を身近に感じていたこともあり、ECの力で、「日本のモノづくりをアップデートする」ことを信念に、数々の企業のサポートをしてきました。しかしながら、親会社の拠点である東京だけでビジネスや生活をしていては、モノづくりの本当の価値や伝えるべきことを見失ってしまうとの思いから子会社を設立し、老舗も多く古き良きモノづくりの文化が根付く京都にも拠点を置くことにしました。昔ながらのモノをどう形を変えながら続けていくかを追い求めるためには、京都という土地で過ごす実体験にこそ価値があると考えたのです。
京町家やモノづくりに対する想いを語る田中さん |
会社の想いとリンクする京町家との出合い
会社のコンセプトに合う場所はないか探していたところ、知り合いから京都市の「京町家賃貸モデル事業」第1号の活用事業者を紹介されました。京町家を拠点とすることは、「京都を実体験することに価値を置く」という会社の考えにもマッチしたので入居することを決めました。また、「活用事業者が計画を検討しているタイミングで入居を決めたので、作り上げていく過程に自分達が関われたことも決定するうえで大きかったです」と田中さん。
元の梁をいかした吹き抜け。天井から吊されたランプが印象的 |
改装は、土壁や梁、天井、土間など京町家ならではの特徴はいかしつつ、オフィスや住居としても過ごしやすい空間になるよう、自身が連れてきた設計士をチームに入れてもらって進めていきました。その結果、1階が主にオフィススペース、2階が居住スペースという空間に仕上がりました。さらに、主屋の奥には小さな庭と小屋があり、小屋は動画などの収録ができるラボとしての使い方もできるのだとか。
主屋の奥にある小屋 |
京町家が拠点であるからこそできること
田中さんは、京都は東京と比べて時間がゆっくりと流れているように感じると言います。どういった点でそう感じるかとお聞きしたところ、京町家の所有者が筍を届けに来てくれたエピソードを教えてくれました。「東京にいたらまず、所有者さんが筍を持って来てくれることなんてないですから。こうしたちょっとしたコミュニケーションにも、ビジネスばかりに目を向けていると忘れがちな、合理的なことが全てではないということを実感しますね。京町家で過ごしていると日常に溶け込んでいる小さなことの大切さを改めて感じます」と田中さん。
改装後も台所の火袋はそのままの姿で残っている |
実は、こちらの京町家にはもっとオフィスとしての機能を持たせるつもりだったようですが、現在では、「拠点」としての役割が強いそうです。その理由は、東京からでは直接足を運びにくい場所にも、京町家を拠点とすることで訪れやすくなることが大きいと言います。実際に現地に足を運んで生産者さんとの交流を深めることで、信頼感へと繋がり、田中さんの抱く「本当に良いモノを広める手伝いがしたい」との想いが伝わりやすいのだとか。また、京町家に住んでいると、それだけでコミュニケーションのきっかけとなったり、モノづくりや伝統的なものに興味関心があることを証明しやすいというメリットがあるそうです。「数年後に別の京町家を拠点として増やすということも、今後の事業の展開としては面白いかなとも思っています」。オフィス機能を京都に置くだけでなく、京都を拠点として他の地域にも事業を展開していく、そんな新しいビジネススタイルを知ることができました。
奥庭から見た主屋。大きな窓から光が射し込む |